大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成9年(行ケ)270号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(審決の理由の記載)は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(一)  観念の点について

<1>  本件商標の登録査定時である昭和五七年一〇月当時において、諏訪大社(被告)の御柱祭が全国的に広く知られた祭りであって、全国において「御柱」が当然に「御柱祭」の別称又は略称として一般人に認識され使用されていたと認めることはできない。すなわち、

<2>  《証拠略》によれば、御柱祭は、諏訪大社(被告)の六年に一度の(寅申歳七年目ごとに行われる。)大祭であり、神殿等の造営を行う式年造営に加え、社殿(上宮の本宮、前官と下社の秋宮、春宮)のそれぞれ四隅に樅の大木である御柱計一六本の曳き建てを行う点に特色があり、一〇〇〇年以上の歴史を有する「日本三大奇祭」の一つであると認められる。

<3>  そして、《証拠略》によれば、御柱祭がその地元である岡谷市、諏訪市、茅野市、下諏訪町、富士見町、原村、辰野町、箕輪町等を中心とする地区において広く知られた祭りであり、それらの地域では、「御柱」といえば、その本来の意味である「御神座の前後左右の四隅に建てられる巨大な円木の柱」との意味に加えて、「御柱祭」を意味すると理解されることがあり、「御柱祭」の別称ないし略称として用いられることも少なくないことが認められる。

<4>  ところで、昭和五七年ころまでに御柱祭が全国的に報道、放映されたことを示す証拠としては、甲第七号証の二(読売テレビでの放映等を伝える昭和四九年四月一四日付け岡谷市民新聞)、甲第七号証の二〇(昭和四九年の御柱祭の際、NHK「スタジオ一〇二」の実況放送があったことを伝える昭和五四年七月の市民新聞)、甲第七号証の九(東京駅での観光展に御柱祭に使用される綱が展示されたことを伝える昭和五五年二月一六日付け岡谷市民新聞)及び甲第七号証の一四(週末ガイドの中で「御柱祭」を取り上げた昭和四九年三月二八日付け朝日新聞)などがあり、これらの証拠によれば、昭和四九年及び昭和五五年の御柱祭に際して、御柱祭が報道、放映により全国的に知られる機会があり、当時においても多数の見物客が参集したことが認められる。

しかしながら、御柱祭は、六年に一度の祭りであることから、毎年全国に報道、放映されるわけではなく、御柱祭に関する文献も、最近は全国的なものが発行されるようになった(例えば、甲第八号証の二、三、乙第五号証)ものの、当時においては多くが地元で発行されたものにとどまっていた(例えば、甲第四号証の二)ことなどに照らすと、上記の各証拠によっても、御柱祭が、長野県下であればともかく、全国的に諏訪大社の大祭として広く知られていた結果、一般人が、「御柱祭」を「尊い柱」あるいは「御柱祭で曳き建てられる御柱」そのものの意味を超えて、「御柱祭」の別称又は略称として認識し使用していたものとまでは認定することができない。

<5>  そうすると、引用商標「御柱」から当然に「御柱祭」との観念が生ずると認めることはできず、したがって、引用商標と本件商標が「御柱祭」の観念の点で一致すると認めることはできない。

(二)  称呼の点について

<1>  本件商標は、審決書別紙(A)のとおりの構成からなるもので「御柱祭」に平仮名で「みはしらまつり」と付して一体としているところ、「ミハシラマツリ」との称呼が「御柱祭」の称呼として不自然である等の事情は認められないから、本件商標からは「ミハシラマツリ」との称呼が生ずるものと認められる。

原告は、本件商標の「御柱」の文字からは「オンバシラ」との称呼が生ずる旨主張するが、前記(一)に説示のとおり、「御柱」が当然に「御柱祭」を意味するものとして全国的に広く知られていたと認めることはできないし、「ミハシラマツリ」が一気に称呼するのに長すぎるとの事情もないから、本件商標から、「ミハシラマツリ」を更に短くした「ミハシラ」との称呼や「御柱祭」を「オンバシラサイ」と読んだ上それを短くした「オンバシラ」との称呼が生ずると認めることはできない。

<2>  これに対し、引用商標は、審決書別紙(B)のとおりの構成からなるものであり、「御柱」の「御」は「ミ」、「ゴ」、「オ」又は「オン」と称呼されるものであるから、「柱」から生ずる「ハシラ」との称呼と組み合わせて、一般的には「ミハシラ」、「ゴハシラ」、「オハシラ」、「オンハシラ」又は「オンバシラ」との称呼が生ずるものと認められる。

<3>  そうすると、本件商標と引用商標とは、称呼の点においても異なるものと認められる。

(3) 原告の主張に対する判断

<1>  原告は、御柱祭の周知性が長野県下に限定されたとしても、長野県下において商品の出所の混同が生じている以上、商標法四条一項一一号に該当する旨主張するが、上記事実を認めるに足りる証拠はなく、仮に一部の地域で類似の商標と理解されることがあり得るとしても、それだけでは、商標法四条一項一一号にいう「他人の登録商標…に類似する商標」と認めることはできないから、この点の原告の主張は採用することができない。

<2>  原告は、被告が引用商標に対する登録無効審判請求事件(平成八年審判第一一〇〇三号事件)において、審判請求人として、「御柱」と「御柱祭」とは同一意味として既に広く知れ渡っていると主張しているから、この点も含めて判断すべきであると主張する。

確かに、甲第五号証によれば、被告は、引用商標の登録無効を求めた平成八年審判第一一〇〇三号事件において、原告主張のように主張していることが認められるが、御柱祭の主催者の立場にある被告が「御柱」と「御柱祭」とは同一意味として既に広く知れ渡っていると主張していることは、「御柱」が当然に「御柱祭」を意味するものとして全国的に広く知られていたか否かを判断するに際しての一要素にすぎず、原告主張のとおり、被告の別件事件における主張内容を考慮しても、前記(一)のとおり認定するのが相当である。

<3>  また、原告は、「御柱祭」が一般に知られている事実は、既に特許庁の自認するところである(甲第九号証)と主張する。

甲第九号証によれば、昭和五五年出願の「御柱大祭」が「御柱祭」を引用商標として商標法四条一項一一号に違反するかが問題となった事件における登録異議決定において、特許庁は「長野県の諏訪大社において七年目ごとに行われる祭礼で、「御柱」と呼ばれるモミの大木を曳出し、社の四隅に建てる祭りが、日本三大奇祭の一つに数えられ、「御柱祭」「御柱大祭」と称されていることは一般に知られているところである。」と認定していることが認められるが、証拠の提出状況等の異なる別件事件での特許庁の判断が本件での判断を拘束するものではないし、いずれにしても、本件での争点である「御柱」が当然に「御柱祭」を意味するものとして全国的に広く知られていたか否かの点については、何ら判断をしていないものであるから、原告主張の上記の点は、前記認定を左右するものではない。

(四)  結論

そうすると、本件商標と引用商標とは、観念、称呼の点で類似すると認めることはできず、外観の点で類似するとも認められない。

したがって、本件商標と引用商標とは、時と所を別にしても彼此相紛れる虞のない非類似のものであるとの審決の認定、判断に誤りはないと認められる。

三  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する(平成一〇年六月四日口頭弁論終結)。

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 浜崎浩一 裁判官 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例